コンプレックスの塊 暗黒の幼少期 kaoriの過去

こんにちは!グローバルキッズ養成塾 kaoriです。

私は現在、南半球オーストラリアシドニー在住。

二人の子供と、ヨーロッパ出身の夫と暮らしています。

もともとは新潟の田舎でうまれ育ち、世界を転々としながら暮らしてきましたが

現在はシドニー在住。

現地企業で働きながら 同時に児童英語講師、家庭の英語環境づくりアドバイザー、英語コーチをしています。

 

 

私が生まれ育った環境

わたしkaoriは、新潟にある、山や田んぼに囲まれた緑豊かな小さな村に生まれました。

小学校では ドジョウ取り大会、スキー遠足、田んぼで稲を育てるような行事が盛り沢山のど田舎です。

その小さな村で、自己肯定感が低く、からかわれ、いじめにあった暗い子供時代を私は送るのです。 

幼少期の私は自尊心が低いだけでなく、

他人が怖い、特に大人が話しかけてくることに恐怖を感じていたのです。

 

コミュニケーションが苦手で極度の恥ずかしがり屋。

そんな、今の自分からしてみると、

かなり暗くて不安のある子供時代を過ごしてきました。

幼少期に大事なこと。それは安心安全な場と無条件の愛

私が子供の教育に携わろうと思ったのはなぜだろう?

そう考えたとき、

自分の子供時代の暗い思い出があるからこそなのでは?と今になって感じます。

特に家庭環境が悪かったり虐待をされたという記憶はないのですが、

私の子供時代はいつ振り返ってみても暗い印象が非常に強いのです。

ここで、唐突ではありますが、私が尊敬している

世界的に有名な経営コンサルタント、コーチの1人、ブライアントレーシーの言葉を紹介します。

ブライアンは、営業のみならずスーパーキッズを育てるというテーマでも親に向けての教育を施していますが、そんな彼はこう言います。

「子供にとっての愛情の入れ物はざるのようで、入れても入れてもあっという間に空っぽになってしまうんだ」と。 

私の両親は私を愛し、大切に育ててくれたのがわかります。

でも、子供時代を振り返って、親は私をとっても愛している、とか、私は私のままで大丈夫。私は全部がうまくいくから心配ない。私はそのままですでに素晴らしい。そういった無条件で全肯定の言葉をかけてもらった記憶はありません。

だから、40代となった今の私は 昔の幼かった記憶の中の自分に

ギュッと抱きしめて優しくこういうのです。

「あなたはあなたのままで充分。すべてがこのまんまで大丈夫なんだよ。」と。

そして「あなたは世界を怖がっているけれど、実は安心安全な場所。怖がる必要は何にもない。

世界は 無限の可能性であふれている素敵な場所なんだよ」と伝えます。

これで、過去の傷ついた私は充分以上に癒やされるのです。

私は、私自身の子供時代の辛く暗い過去の思い出を、

私が子供英語講師として活動して子供達と関わることで

記憶を明るく塗り替えているように思っています。

今、母となり2人の息子たちの成長を日々見届けることもその一つ。

私が携わっている生徒達の純粋で朗らかな笑顔で

自分も癒されるような気持ちになるのです。

子供達に大切なこと、それは安心安全な場。

自分が自分のままですでに最高だと感じられる場。

あなたらしくいてそれでいい。

子供が属する環境といえば、家庭や所属するコミュニティいわゆる幼稚園や保育園 小学校や習い事の場所などが想定されますが、

グローバルキッズ養成塾でもそういう空間、そういう世界を作れたらいいなと思うのです。

それが、私が子供やお母さんと関わりたいと感じる原点となっているのです。

外の世界への憧れはどこからきたのか?

私の住む村には2つの小学校があり、

中学校はその二つの小学校が合わさって4クラスで構成されていました。

その村には、寄り道する場所などない、通学路は田んぼだらけの田舎です。

コンビニやスーパーなんて車が無ければ行けませんでした。

その反動もあったのでしょう。

私は外の世界に対する興味が、昔から非常に強かったように思います。

私にとって、いつもテレビや映画で見る、見知らぬ土地で、

私が日常使う言葉とは違う言語(主に英語)を話す人々の全く違う生活、文化、習慣、何もかもが興味の対象でした。

「いつか、字幕や吹き替えの助けなしに映画が見たいなぁ。」

「いつか、海外にお友達ができて、気軽にお話ができるくらい英語が分かったらどんなにすてきだろう。」

そんなあこがれをずっと持っていました。

確かあれは、小学校高学年~中学頃でした。

どこかで母が見つけてきた「海外ペンパル」を探す、郵便局のプログラムに申し込み、

ニュージーランドとアメリカにペンパルを、見つけることができました。

 

あの頃は、家に帰って郵便受けを確かめるのをわくわくしていました。

日本の便せん封筒と全然違う肌触りの、異国のにおいがする、海外の切手が張ってある手紙。

あの 興奮とわくわく感は今でも忘れられません。
私はつたないけれど、一生懸命考えた英語で私の日常を書きました。
学校でこんなことがあったとか、今季節がこんなだから風邪引いたとか。
辞書と、英文手紙の参考書を何度も一生懸命ひきながら、何とか頑張って作った英作文。

果たして 当時、彼女たちには伝わっていたんだろうか?
でも今となってはそこはあんまり重要じゃありませんけど、

同い年くらいの女の子たちと 英語を使ってコミュニケーションを取れたことの嬉しさ、ワクワクが最高でした。

今になって当時の自分を振り返れば、感受性が豊かだった年頃のとってもいい思い出です。

そういう、自分のいる世界の外への強い興味や関心があったため、nhkラジオで英会話を聞き始めたのは、小学校中学年位だったと思います。

毎朝欠かさず聞いてから朝食を食べる。講座を聞きそびれるときはカセットテープに録音して後から聞き返せるようにしていました。

それくらい、小学生の頃から真剣に英語を学ぶ’意思が強かったのです。

見た目が、周囲の大勢とは違ったこと。一人で行動することでいじめにあったこと

私は髪の毛は非常に強いくせ毛、いわゆる天然パーマでした。

ちょっとしたくせ毛のクラスメートはいたものの、私ほどクルクルの髪の毛をした人は他にいませんでした。

へんなあだ名を付けられたりからかわれて、恥ずかしくて悔しくて、

なぜ自分は他の人と違うんだろう、なぜ同じに生まれなかったのだろうと、

何を恨んでいいのかわからないけれど、何か自分の力の及ばないところに強い恨みの気持ちを持っていました。

幼いながらに、自己否定が非常に強くあった記憶があります。
「あぁ、みんなと同じく、まっすぐできれいな髪の毛になんで生まれなかったんだろう、、。」

言った方は何も覚えていないかと思いますが、からかわれ、いじめられてきた私は
幼稚園くらいから高校生くらいまでずっと、自分の見た目を否定し続けてきたのです。

天然パーマだったこと、先生のお気に入りの生徒になってしまったこと、人と群れるのが苦手で一人でいることが多かったこと、

人とつるまない、一人行動が多い生徒。

どこに行ってもいじめの対象になりやすいんですよね。

電車を待つ間に、クラスメイトの男子からプラットホームで『めざわり!死ね!』と暴言を吐かれたこともありました。

あのときは、本当に本当に生きるのがつらかったです。

自分を好きになれない、自分に自信がない、自分はなぜ生きているんだろう、

集団の中で馴染めないことが悪ではない、

自分の個性を発揮できる世界はどこにあるのだろう?

これは私の今の活動に大きく関わっているのです。

 

今となっては世界は広いことを知っています。

でも、当時は、高校が自分の世界のすべてでしたから。

お昼を一人で食べるつらさ、一人で帰宅する心細さ。

私が通っていた高校で起きた、びっくりエピソードがあります。
ある体育教師は、同級生で私みたいに天パだった女の子に向かって、

「お前、その頭は何だ!!!天パならそういう髪型していいと思ってんのか!?」と怒鳴りつけたことがありました。

その子は、特に目立つような髪型をしていたわけではありません。

あえていうならば、天パの上からヘアアイロンやストパーをかけることなく、自然なヘアスタイルのままで学校に来ていた。

そうなんです。

教師が言いたいポイントはみんなと同じになる事が集団生活では正しいことだということなんです。

みんな一列に並んで全体を見たときに、凸凹なく、みんながおんなじ格好でおんなじ見た目。

飛び出る杭は打たれる。

校則が厳しいその高校ではもちろん、「パーマをかける事は禁止」でした。

でも、天パの人がストレートパーマをかけて、その他多数のみんなと同じになる事は許されるんです。

パーマをかけるのが悪なのは、その他多数とは異質な存在となるから。

集団の中で異質な存在である「天然パーマの生徒」がストパーをかけて、その他多数と同じくなることは良しとされるのです。

思春期まっただ中の私には、疑問ばかり、反抗したい事だらけでした。

でも、ずっとそれを押し殺してきたのです。

理屈はわかっても本心では理解できないような出来事が、何年も何年も私の頭の中でモヤモヤし、考え、悩み、

なぜだ?なぜだ?と答えを探し求め、今の私の人間性を形成していったのかもしれません。

旅と私について

思春期には上記のような暗くつらい出来事が起きた暗黒時代はありましたが、

私は小中学校時代はリーダー的な役割をやる事が多かったように思います。

その流れで小学校の高学年、夏休みには2年連続で北海道に船の旅を、

中学校ではリーダーシップ研修なるものに参加しました。

親元を離れ、その小さな土地を離れ外に出た事。

学校の同級生以外の友人ができ、自分を新たに発見できた事。

それは一層、私が外へのあこがれを募らせるきっかけとなったとも言えます。

また、高校一年生の時に初めて体験した 海外英語研修でも

やはり親元を離れて異国の地で人と触れ合い交流する中で

私の中にもともとあった好奇心や関心の要素がうずくような体験をしたのです。

それは、まだ見ぬ将来の自分がどうなりたいか、どうありたいかを構成するために欠かせない経験だったと思うのです。

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